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車中泊をするようになった経緯

こんにちは、夜半から冷たい雨が降りました。最高気温が10度に届かないという予報を聞いてガックリ、でも予報の中で北海道の道北や道東の気温がマイナスとなっているのを見て急に暖かいような気がしているさかやんです。


 朝からテレビは昨日の森友学園籠池理事長の国会証人喚問の話題ばっかりです。今日は参議院に関係の官僚が参考人として呼ばれるそうです。私人である籠池理事長が証人で、公僕の官僚が参考人っておかしくないかいと朝から首をひねっています。
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 今日はある一老人の私の趣味について書きます。つまらなーいと思わずにお付き合いを。
 私の趣味の一つに旅行があります。趣味と言えるのかとも思ったりするのですが、その理由は旅行というよりも放浪とか浮浪者のイメージに近いからです。
 高校を卒業して東京で就職しました。現場の仕事ですので人のやりくりがつけばまとまった休みが取れました。八が岳、大菩薩峠、富士山、谷川岳・・・・へ登ったり、八丈島などの伊豆七島、山陰、九州などへの一人での鉄道旅など自分のいるところ以外の世界へ行きたいという衝動があったのではないかと思います。当時はカニ族という北海道をリュック一つ担いで放浪する若者がたくさんいたように記憶していますが私も自分の足で何かを探しに出かけるといった精神状態だったのかなぁと思います。

 そして、1980年代は日本で一番バイクが売れた時期だと思いますが、私も250ccのバイクを手に入れます。そのころから、時間ができたら方面だけ決めて目的地を定めずにフラリと出かけるようになりました。

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 年をとるに従い責任のある仕事を任されるようになり日曜日も関係なく朝から晩まで仕事漬けになりました。このころのサラリーマンは私に限らず残業手当なしでの長時間労働が当たり前でした。栄養ドリンクのコマーシャルに「24時間戦えますか。」というのがあったくらいですから。今は残業80時間が過労死ラインといっていますが、当時は法定労働時間が週48時間であり、残業はそれを越えたものですから今とは比べものにならない長時間サービス労働です。
 話はそれますが、そのようなことを考えると、今問題の過労死と言うのは過労ではなくパワハラやいじめに原因があるのではないのかと思ってしまいます。


 話を戻します。そんな中で、私は家族で仕事から帰った夜に出発して2から3泊する車での旅行をしていました。サラリーマン時代の車はライトエースとタウンエースでした。今のボクシー/ノアです。子供たちも後部座席に布団を積んで出かけるのを結構面白がってくれました。子供たちが幼い間だけの楽しみでした。
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 そして、いろいろあって会社を50代半ばで退職しました。
 そのときに衝動的にバイクに身の回りの物を積んで出かけました。いつのまにかパートタイム日本一周くらいしていました。
 私は気がついたのです。自分は知らない場所にいるのが好きなんだということが。熊野灘の真っ青な海、まじかに見る富士山の威容、知床から見える国後島、三陸海岸の絶壁、瀬戸内のミカンの段々畑・・・・・・・。高知のヨサコイ、青森のねぶた、博多どんたく、山形の花笠音頭・・・・・。
 まとまった収入がなくなったのでバイクでは道の駅でのテント泊、車では車中泊ばかりになりました。そこでも気が付いたのです。ホテルなどに泊まらない方が自由度がずっと高いことに。地元のスーパーで食材を買う、地元の食堂で食事をする、日帰り温泉を楽しみ、夕日を眺めながらビールを飲むことが自分に合っていることに。そして、とても楽しく感じていることに。
 

 そして、今は軽四のワゴンRに寝具とお泊り道具一式を積んでフラリと出かけるのが生活の一部になっています。日本は広いです。離島など行っていないところがたくさんあります。これまでに行ったところでも季節によって全く違う風景を見せてくれます。

 今日は私の趣味と言えるかどうか自分でもわからない旅行について書きました。今年は町内会があるので出かけることは少なくなりそうです。出かけたときは概要を報告します。
 それじゃ、また。



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さかやん

Author:さかやん
こんにちは、50歳代で早期退職し何となく10年以上も経過してしまいました。日常のつれづれを綴っていこうと思います。